平気でうそをつく人たち


 和歌山毒物カレー事件11日判決と言う記事が新聞紙上を賑わせている丁度その頃私は「平気でうそをつく人たち」と言う本を読んで眼が点になった。実はこの本夏頃読んだストーカの本(書名も忘れたがとっても判り易く読めた本でした。)の参考にした本の中にあったもので平気で嘘をつくなんて、あの鈴木宗男のような人の事を書いた本だなと思い早速く買い読んだ。その後人に貸していて戻ってきた所だったのでじっくり読んでみた。  「平気でうそをつく人たち」副題が「虚偽と邪悪の心理学」オビには「世の中には”邪悪な人間”がいる」 "悪の科学" とある。  カバーのうらには "邪悪な人間" とはこんな人であると "邪悪な人間" の7項目がずらーと並べてあり、始めのところには取り扱いに注意この本は危険な本である。と書いてある。  最初からドキドキするような本ですがこの本の根底に流れるのはキリスト教の愛の心です。悪は愛によってのみ封じ込めることが出来ると書いてあります。私たちは日々判断し選択して生きています。正しい判断、いい選択をするために、いろんな事を吸収し、自分自身を返り見ながら、自己を高めていかなければと考えさせられる本です。  今世界の中で一番問題になっているのがイラク問題でしょう。どう見てもアメリカはイラクに戦争をしかけたいみたいだし、日本の私たちはあまりイラクのことをよく知らないのに又戦争はイヤだと言いながらアメリカに味方し知らず知らずのうちに戦争の後押しをしている。戦争は殺し合い、殺し合いは悪と判っていながらどうしようもなくそれに加担してゆく。なぜ、なぜそれが止められないのか、去年のテロも同じです。テロは悪だからとすぐさまアメリカはアフガンに行ってやっつけた。でもこれも悪です。  しかもそれでテロはなくなったのか、決してそうではないでしょう。今テロの分散化と言われています。  北朝鮮の問題についても同じ事が言えると思います。北朝鮮は何をするか判らない怖い国で金正日独裁の国で、貧しい国で、自由のない国でと悪い国の条件はいくらでも口にする事の出来る程悪い国です。でもこれだけ悪い国だと言い立てる国日本と北朝鮮はどのような対話をするのでしょうか。  拉致された人についてもそうです。確かに北朝鮮では自由にものが言えなかったでしょうし今後とも言えないでしょう。でも日本でもマスコミの取り上げ方等を見ているとあの人たちに本当の自由があるのかなと考えてしまいます。拉致された家族の痛みが本当に判るのならあの戦争中強制連行された人達又従軍慰安婦の人達の個人としての痛みは同じだと思います。(時代も背景も違うと言われるでしょうが) 話を最初に戻して、邪悪な人間とは ○他者をスケーブゴードにして責任を転嫁する。 ○どんな町にも住んでいるごく普通の人 ○自分には欠点がないと思いこんでいる ○異常に意志が強い ○罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する。 ○体面や世間体のためには人並み以上に努力する ○他人に善人だと思われることを強く望む と書いてあります。  新聞などによる林真須美被告そっくりでしょう。やっぱり林真須美被告は邪悪な人なんです。そう思うとなぜかあんな事件を起こしたのか。もし違うならどうして黙秘なんかを続けるのか、と疑問に思っていた謎が一つ解けたような気がします。  心が今の消費文化に流されて、悪の判断をし、悪の行為をしてその罪を問われれば自身の心を固く閉ざし、時の流れに身を任せる等と喋るなんて無責任以外の何者でもない被告の人間像が浮かび上がってきます。あーあという感じです。  邪悪な人と憎むのは簡単です。でもそれだけで悪はなくならないでしょう。 悪の判断をしないように、いい選択が出来るようにと願わずにはいられません。悪を包み込むような愛をはたして私たちは持てるのでしょうか。そんな風にこの本を読むとずっしりと心にこたえる本です。