生き方、死に方


面白い本を見つけた。有名人が何の病気でどのような死に方をしたか、又どのような死に方をしたいか、いわば有名人の遺書のような本である。
 その本によるとラフカディオ・ハーンは54歳で2度目の発作のとき、「ママさん、先日の発作の病気が参りました。人が苦しむのを見るのは不愉快でしょう。あっちに行ってなさい。」と言いながら死んでいったそうだ。死ぬほど苦しいときまで、相手を気遣う。我々凡人にはできないことだ。
 マキノ省三は病床にありながら、なぜか天神祭の日に死ぬと言って聞かなかったらしい。7月24日のよる「明日25日は死ぬ日やなぁ」と12時を過ぎると、息子を相手に「さぁ、マキノ省三は死ぬんやぞ。ほな、さいなら」と言って死んでいった。息子は、「今まで元気に話してたんや。死んでへん。」と叫んだそうだ。
 また、沢庵和尚は72歳で亡くなった時、「全身を埋めてただ土を覆うて去れ。経を読むことなかれ。斎を設くることなかれ」と遺言したそうだ。これは我意を得たり。『土から生まれ土に環える』である。
 あんないい人が、こんなに立派な人が、本当に気の毒な死に方をしたり、あんなに悪いことばっかりした人が極楽往生している。人は死に方を選べない。
 高峰秀子は、他人様に面倒をかけるのが死ぬほど辛いので、人生の店じまいを非常に早くから考え、物を整理し、人を整理し、仕事を整理する。人生70歳、80歳を考えての決断とすればどっちにしても大したものだ。私はまだまだ人にいっぱい迷惑をかけ、かけられ、どろどろした人間関係の中で暮らしたい。
 一方最後の最後までしたい事、しなければならない事を残しながら現役のまま亡くなってしまった人達、また柳田邦男のように、誰もが望む突然死ではなくあえてガンを望み、「自分の死を社会的なものにしたい。死を前にした自分を見つめたい。という人もある。
 人それぞれの「生き方」「死に方」の話である。
『人間臨終図鑑』山田風太郎(徳間書店)
『生きるための死に方』(新潮社)